昭和五十六年十一月十六日 朝の御理解
御理解第三十七節
「生きて居る間は修業中じゃ 丁度学者が年をとっても眼鏡をかけて本を読むようなもので あろうぞい」
 一生が修行と仰せられるその修行を、苦しいもの、苦しい亊として受けんですむ手立てが合楽理念だと思います。ね、ですから、もう苦しい修行しよるというような間は、合楽理念の言うならば実験実証していない費とだと言う亊になるでしょう。これはもう本当にそうです。昨日は富久信会でしたが、最後に秋永先生があのおはなしをしておりましたが。修行をしておるとか、修行と言う言葉が沢山使われるけれども、例えば、親先生の信心をいわゆる、あの激しい信心の修行の時代から知っておって親先生はその時分のま、今から言うと、よ-あんな修行が出けたと思うような修行であっても、ひとつも修行と思ってなかったと言う亊を言ってるんです。も、どんな中にあっても、それはもう信心の喜びいっぱいで通っておられたと言う亊。話を聞きながら、確かにそうだったなと思うんです。今から振り返ってみると、よ~あんな修行が出けたもんだと思うんですけれども、もうそん時には、も兎に角、信心の喜びいっぱいで、例えば将来は大きなおかげを頂くてんなんてん。そういう夢もなかった。まそういうふうに思うてもいなかった。もう、兎に角日々が言うならば立ち行くと言うか日々のその修行そのものが有り難かった。と言うように思うてみるとやはり合楽理念の根になるものと言うか合楽理念が出ける為のま、基礎的な信心修行があれだったな~と思うんです。 どんな場合であっても有り難い、有り難い。ただ寒い時には寒い。冷たい時には冷たいですけども。冷たければ冷たい程、寒ければ寒い程有り難かった亊だけは間違いないです。それこそ熱いような涙がこぼれとったですからね。御礼申し上げる時には、その冷たい中にあっても、だから合楽理念は一生が修行と仰せられる修行がいよいよ有り難うなってくる。修行とも感じない位だと。で合楽理念なかりせばどういう亊になっとっただるおうかと、まあ皆さんが思われるようなおかげを頂いてもらいたい。 昨日もある方から電話がかかってきた。丁度一年前におかげをま、大変な問題でおかげを頂いて一年間奄州たちますが、もう、もし私が合楽に御縁頂いてなかったらも、あの時に自殺しておった亊に間違いないといっております。それが今日、このようにして一年後おかげを蒙っておると言う亊は、もう全く、合楽の御信心のおかげであると言う電話を、もうそれこそ泣き泣きの御礼の御届けでしたが。本当にもし合楽にご縁頂いてなかったら、と言う所をですねわからせて貰う為には、本気で実験実証と言うね。これは昨日秋永先生が言うようにこれはもう修行と思うてというのは、ちとはもうおかしいわけ。それを昨日は、伊万里の中原さんと言う青年のま~商売人の方ですが。え~発表しておりましたが、もうすばらしい発表をしております。兎に角、今合楽理念に基ずくとね、今まで例えば親に断わりなどと言うような亊なんか言えなかったものが、スラスラと言えるようになったといってます。ね、そこに意地もなければ合楽理念に基ずくとそういう亊になってくるわけ。ある所でよんどころなく、まあ手相をみてもらんならん亊になった。皆がやっぱ手相を見てもらう、その三人かのその手相見さん達が、姓名学やらの人達が見えとってそれぞれ、まあ、ただで見てやって、いよいよ難しい亊だけはお金をとるというんだったそうですから、ただで見てもらうでも恐い。なしかと言うとちっと恐い亊言わなければ、あのやっぱなんて言うでしょうかね、脅かさなければ、まあいっちょ見て下さい。その先を見て下さいと言わんもんだから、ね。そういう良い運命ではない人が良い運命になるわけ為には、な、もちっと何とか手立てはないでしょうかと言うふうに、ま皆が言ってくる所に手相見さんの付け目と言うものがあるうだと言う訳ですね。で自分、見て貰ったらあなたは、三十から四十、もう、中年になって波乱万丈、難儀がある。晩年はいいようです。と言う亊を聞いた時にね、中原さんが思うておる亊が素晴らしいです。ね、それこそ中年の時の波乱万丈は合楽理念をもってするなら素晴らしい修行になると、こう思ったと言うような話をしています。だから、難儀にならんようにとか、ではなくてまあ、合楽理念をもってしたなら、どういう亊の場合であっても、それを神愛と実感でけると言う亊なんだとね。ならそんな中年にそういう波乱万丈難儀な亊が起こるならば、それがならそういう難儀をせんでよか手立てはないですか、ち言うたらそれはまた、手立てを教えなさるに違いないです。それが合うとか合わないとか。なるとかならんは別として、けども、その波乱万丈であると言うそのまだ三十、四十代の若さの時にその難儀をです、難儀とせずに受けていけれる手立てが合楽理念には説いてある。 この神様は確かに私共に実意丁寧な方ですと発表しました。もう、日々の起きてくる小さい事柄の中にもです、神様の御演出の素晴らしさにいうならば、リズムに乗った生き方。リズムそのものがが神の実意な働きである。とこう頂いとられる。どんなに波乱万丈・どんな難儀な亊が続こうともそれをふんなら、合楽理念をもってするならば有り難く受けていけれるという確信が出けてきたという亊なんです。だから合楽理念もね、私はそこまで頂かなければね、駄目だと思うんです。 一生が修行という亊を一生が苦労の連続だというような、それこそ、一生十字架を背負う。罪の償いの為に一生を負う。もう、この世で仕方がないから、この世での、まあ、極楽に行く為に新人をするといったよいなものじゃないという亊。ね、これは確かに私のもの。数十年前の信心の修行を思うてみてです。本当に、確かにそれは修行と思うてなかったと、秋永先生が言われるのを聞いてみて、自分が改めてそう思いました。ね、どんな場合であっても有り難い、有り難いで頂ける手立てをね、その時分から神様は私に下さっておって、そして今日、いうならばいよいよ絶対のお徳の頂けれる道。合楽理念が出ける、いうならばその基礎的なものがその時分に出けておったんだな、と。皆さんほんとに、いま難儀を難儀と思うならね、まだ、合楽理念の実験実証が全然出来ておる、た~だ参っております。拝みよります。だけではいかんち、ね。難儀を感じよるからこそ、合楽参りをしよるといったようなもんではね、難儀がなくなったら、必ずどこからかネジがゆるんでくるです。ね、難儀だからこそお参りしよるとじゃいかんです。難儀様のおかげで新人が出来ます。という亊でなくては、その難儀そのものが難儀を感じんですむ。いうならばおかげがね頂ける手立てが合楽理念に解いてあるのですから、これを本気でやはりマスタ-と実験実証がいよいよいるなと。そしていうならば一生が修行であるな、という意味がいよいよわかってくる、ね。その信心の徳というものが、いよいよ年をとれば取る程位がつくものと仰るように位がついてくるものを感ずる。年を取る程いうならば有り難うなってくる。と言うその基礎的なものをね、あの本気で身につけなきゃならん。 昨日は七五三で大変、御広前は賑わいました。子供達で若先生が祭主で先生方、まあ、簡単な御祭りを奉仕させて頂いたんですけども。え~、あの「幼少の時を忘れて 親に不孝の亊」と教えにありますようにね、幼少の時、小さい時にもう、それこそ、こう、それぞれ着飾ってね。もう親までも正装して皆、こじらえてお参りしてくる。それで記念写真が撮ってある。はあ、子供の時に親がこげん自分の育てる時には、一生懸命になってくれとったんだなと言う記録になるものだから、と言う意味の亊を頂きました、ね。だからどういう、例えば亊になりましてもね、幼少の時を忘れんで、親に不孝の亊とこうおっしゃるがそれをわすれんで済むような信心を子供達にも伝えておきたい。これはもう絶対の道合楽理念である。ね、只、合楽理念をで難儀を感ずるならおかしい、ね。だからほんとに合楽理念に基ずく生き方をですね、親がやはり頂いてそして子供にも、孫にも伝えていく。いけれるおかげを頂いて初めてその信心修行の徳と言うものが、あの世にももっていけ、この世にも残しておけると言う亊になるのです。そういう信心修行でなからなければまた、修行の値打ちはないと。只、苦労を感ずる日々であるといったようなもんじゃなくて、これも確かにどういう今から考えてみて。食べるの食がない。着るに衣がないといったような時代であってもです。とにかくやはり御礼でしめくくられる日々であったと言う亊をね。秋永先生なんかその時分から私は知ってますから、それを昨日、話なされたんですけども確かにそうです。ですから、合楽理念の実験実証はね、修行と感じない。だから普通から見たら、はあ、金光様の信心しよってどうしてあげん貧乏せなんだろうかと言ったような難儀な中にあっても、本人の心は言うならば有り難いでいっぱいである。と言うおかげをね、皆さん目指しての信心修行でなかないかんと思うですね。      「どうぞ。」